06 血の匂い馨しい冬
Side1
「グウェンダル!今日は陛下の国で言うばれんたいんでいというものだそうです!そこで私の・・・・。」
「ああ、実験か。わかった付き合おう。」
・・・・・・。
「は?」
自他共に認める毒女フォンカーベルニコフ卿アニシナは、少々情けない声を出した。
今、なんと?
この目の前にいる男、我が親愛なる幼馴染であり眞魔国一不機嫌の似合う男フォンヴォルテール卿グウェンダルは、今なんと言った?
「アニシナ、どうした?早く行くぞ。」
そういうグウェンダルは既に扉に手をかけている。
まるで、そう。今から自分のする実験にとても好意的かつ協力的な・・・・。
「にせもの!?」
「何故そうなる。」
外れた。イイ線いってる推理だと思ったのだが、当人にツッコまれてしまった。
「一体どうしたというのですかグウェンダル!常に私の実験に対して愚かにも逃げ回るばかりだったというのに、いきなり協力的になるなんて!」
「いや、別に。」
まるでいつもと変わらないかのように言うが、答える瞬間確かに視線をそらした。絶対におかしい。が、自分にはそれが分からない。
数拍考え続け・・・・
「ま、いいでしょう。たとえ罠だとしても蹴散らすのみですし。」
なかなか危険な考えにたどり着き、アニシナはグウェンダルに続き歩き出した。
「よし、こんな所でしょう。グウェンダル起きなさい!実験は成功ですよ!」
声をかけてやると、へばっていたグウェンダルが顔を上げた。
机の上には山ほどのちょこれいとが乗っている。大きさはほぼ同じにそろえ、綺麗に包装までしたものだ。もちろん全て魔動機具によってやった。魔力源はグウェンダル。
「お・・・・終わりか・・・・。」
「まったく、これしきの事でへばるとは!情けない限りですね。」
だが、いつもよりは長時間保った。それに最近のグウェンダルにしては弱音を吐かなかった。やはりどこかおかしい。
一応罠の危険性も考えて少々警戒していたのだが、グウェンダルは結局何も言わずに黙々と魔力を送り続けただけだった。
「それで、アニシナ?この大量のちょこれいとは一体どうするつもりだ?」
ふと、グウェンダルが聞いてきた。
実を言うとアニシナもその事で少々悩んでいた。作ったはいいがその処分の方法が思いつかない。ばれんたいんとは聞くところによると好意を持つ男性に女性が菓子を送りつけるものだという。それも、その好意というのは特別な感情という意味だ。
今さら言うまでもないが、自分は男に興味はない。いや別に女にも興味はないが。興味があるといったら実験ぐらいなものだ。さすがに実験にちょこは送れない。
「そうですねぇ・・・・訓練中の兵士にでも差し入れましょうか。甘いものは疲労回復に聞くらしいですし。」
「・・・・・・そうか。」
ん?
今、心なしかグウェンダルの声の調子が落ちた。100年近く側にいる幼馴染だからこそ分かる。少々不満そうな声。
今日のグウェンダルはどことなくおかしい。実験に対して協力的だったり、弱音を吐かずに頑張ったり、そうかと思ったら急に不機嫌になったり・・・・。
しばらく考え、不意に分かった。そうだ。今日はばれんたいんだ。
「グウェンダル。」
「何だ?もう実験は終わって・・・・。」
立ち上がりかけたグウェンダルに、机のチョコを一つ突き出す。
「差し上げましょう。今日の実験のお礼です。」
グウェンダルは、ただ黙ってちょこれいとを見つめていた。
Side2
目の前に差し出された、ちょこれいとを乗せたてのひら。
グウェンダルは思わずそれを見つめた後、そっとそれを受け取った。
自分の掌に乗せると、異国の菓子はあまりにも小さく見えた。
思わず、馬鹿だなぁと思う。こんな小さなちょこ一つで。
猊下がしていたばれんたいんの話を偶然聞いて。
疲れた身体に鞭打って実験に協力して。
『もうやめよう』という言葉を幾度となく飲み込んで。
必死に、意地を張って。
これだけやって、その代償がこの小さなちょこれいとで。
何故だろう。
嬉しいと感じてしまうのは。
(私ももう末期だな・・・・。)
何の末期なのかは考えないでおくが。
「まったく、たかだかこんな菓子一つじゃないですか。そんなに欲しかったんですか?」
呆れたようにアニシナが聞いてくる。
今アニシナに『男の意地』を説いてみたり、『ぷらいど』という異国の言葉を使ってみたとしても、恐らく彼女は死んでもわからないだろう。やってみようとも思わないが。
「・・・・アニシナ。」
「なんですか?」
「ありがとう。礼は一ヶ月後にする。」
「何故一ヵ月後?」
「それが風習だそうだ。因みに猊下のところではこれを、『ほわいとでい』というそうだがな。」
自然に、笑みがこぼれた。毒女を前にして笑うなど、恐らく滅多にできないだろう。並大抵のものであれば一生出来ない。
と。
「あっにしっなちゃーんv」
いきなり実験室に特徴的な橙色の髪の男が飛び込んでくる。まあそんな目印よりも、アニシナのことをちゃん付けで呼ぶ男など眞魔国内でただ1人だが。
「ヨザック、何度言ったら分かるんですか。私はアニシナです、ちゃんなどつけるんじゃありません。」
「えー?別にいいと思うんですけどねー。可愛いし。おや閣下、何故こんな所に・・・・って、まあ理由は一つですよね。」
「ヨザック、貴様こそ何故ここに。というかどうやって。」
アニシナの実験室にたどり着くまでにはかなりの罠がある。無傷でたどり着けるのは製作者のアニシナと特別通路を持っているグレタぐらいなものだ。
「なーに言ってんスか閣下、愛の前ではあんなもの!とゆー訳でアニシナちゃん、愛の形のちょこを受け取りに来たんだけど。」
「まったくあなたという人は、人の話を少しは聞きなさい!ほら、もって行きなさい。」
アニシナだけはそれを言ってはいけないだろ、とツッコむ前に、アニシナは無造作にヨザックに机のちょこを一つ手渡した。
・・・・・・・・・・。
「わー!ありがとーアニシナちゃんvしっかしまた山ほど作ったねぇ。誰にあげんの?もしかして閣下?」
「グウェンダルにはもう差し上げました。それよりもアニシナちゃんと呼ぶのをおやめなさい。」
「えー・・・・。」
ヨザックは小さなちょこを大事そうに握っている。一日中必死に魔力提供した自分がやっとの思いでもらったチョコとおなじものを、とても無造作に受け取り、かつそれを握っている・・・。
「ヨザック、ちょっと来い。」
腹の底から声を出した。
ヨザックが一瞬びくっとした。アニシナはきょとんとしている。グウェンダルはそのアニシナにむけていった。
「すまない、少々仕事の話を思い出した。今日の実験はこれで終わりだな。」
「別にかまいませんけど。」
「よし。ヨザック。少し部屋の外に出ろ。いろいろと言いたいことがある。」
「え、いやあの閣下?俺なんかしました?」
あわてるヨザックの腕をつかみ、引きずるようにして部屋の外に連れ出し・・・・。
そこから先は阿鼻叫喚。
P.S.
「全く、これだから男というものは・・・・」
部屋の中でポツリとアニシナはつぶやいた。外ではまだグウェンダルの声とヨザックのうめき声が聞こえてくる。先ほどでは剣のぶつかり合う音がしていたのだが、どうやらグウェンダルのほうが強かったらしい。
グウェンダルはもはや句読点も付けられないほどにまくし立てている。『自分がどれほど苦労したか』だとか、『貴様はいつもそうやってのうのうと』だとか、男というものを象徴するようなくだらない内容だ。グウェンダルにしてみればアニシナには内緒にしておきたかったのだろうが、部屋の目の前で思い切り叫ばれてはいやでも聞こえる。普段はそこまで間抜けではないのだが、どうやら怒りで我を忘れているらしい。
それにしても、気付いてもらえなかったのだろうか。やはり包装のせいかもしれない。
グウェンダルに渡したちょこれいととヨザックに渡したちょこれいとには、かなりの大きさの差があるのだが。
「菓子の一つでこれだけ怒れるなんて、本当に男というものは単純ですね。」
そんな事をつぶやいていると、不意に声が止んだ。カツカツカツ・・・という足音が遠ざかっていく。
アニシナはそうっと扉を開けた。
壁と床と天井にまで血が飛び散っており、中央に赤い雑巾のようになったヨザックが見える。髪の毛の色は橙から赤へと染められていた。
「・・・・・・・・・。」
『単純』どころではない状態に、流石にアニシナも言葉を失くす。
男とはこうして戦争を起こすものなのだろうか。
だとしたら一刻も早く女性が世界を支配しないと。
アニシナは決意を新たにすると、とりあえず掃除夫を呼ぶことにした。
おわれ
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